[ナカジ~のティーポ的コラム]ちょっとした偶然
ティーポ編集部員でレースアナウンサーのナカジ~こと中島秀之です。ティーポは現在販売中の2026年4月号を最後に、定期発行ではなくなり、不定期発行誌となります。そこでこのTipo WEBで、日々の気になったことや、取材裏話、イベント紹介、アナウンスのお仕事紹介などを行う「ナカジ~のティーポ的コラム」を始めていきます。よろしくお付き合いください。
さてティーポ最新号の巻頭特集のテーマはライトウェイト・スポーツカーで、私はオーナーさんの取材を中心にいろいろ原稿を担当しています。その中で、1964年のトライアンフ・スピットファイア・ル・マンの取材は、ちょっと興奮ものでした。
というのも、このワークス・スピットファイアは誌面でも触れたように、カーグラフィック誌1980年4月号に掲載された個体そのもので、当時浪人生だった自分はヒストリックカーへの興味が増していた時期だったため、「うわ、カッコいいなぁ」と思って見ていました。その後某自動車メーカーのサラリーマンになって数年した頃、カー・マガジン誌1989年2月号に掲載され、Bowさんの表紙絵と共に「やっぱりカッコいいなぁ」と、改めて思ったものです。ただそれ以降雑誌で取り上げられることはなく、どこにあるかという噂も聞かなくなりました。自分としては「いつか見てみたいな」と思いつつ、プロバンスムラージュのレジンキットを手に入れたりしていたのです(ボディを塗ったところで30年程放置状態)。
このため旧知の現オーナーの峯さんが、レストアされた状態でこの個体を購入されたとSNSで見て、これは一も二もなく取材させていただきたいとお願いし、今回それが実現しました。詳しい内容はティーポでお読みいただきたいのですが、ここではちょっとした偶然をご紹介しましょう。
カーグラフィック誌1980年4月号の記事は吉田 匠さんがインプレッションの原稿を担当され、印象的な表紙の写真を含めて撮影はレースフォトグラファーの巨匠、小林 稔さんが担当されていました。またカー・マガジン誌1989年2月号のインプレッション(トラブルで走行できなかったものの)は、ネコ・パブリッシングの大先輩でスーパーCGなどでも活躍された故 瀧澤 広さんが担当されました。
で、ティーポの最新号なんですが、巻頭特集の最初の記事は今回吉田 匠さんにお願いしました。またオーナー紹介のページで、1969年式オースチン・ヒーレー・スプライトMk.Ⅳにお乗りの女性オーナーをご紹介しているのですが、この方こそ故 瀧澤 広さんの奥様、佳寿子さんなのです。それぞれ全く別のアプローチで取材をお願いしていたにも関わらず、なぜかスピットファイア・ル・マンに所縁の方が集合した形になったというわけです。
因みにCG誌で撮影を担当された小林 稔さんからはSNSで「懐かしいです」とのメッセージと共に、当時の撮影風景の写真もお送りいただきました。またティーポ発売日には、創刊編集長の山崎憲治さんから電話をいただき、「あのスピットファイアは昔HEBOsの走行会で走ってて、当時のオーナーに随分話を聞いたんだよ。懐かしいなぁ。どこにあったの? ずっと行方不明だったよね」と、ご機嫌で(ちょっとお酒も入っていたので)話してくださいました。
1台のクルマでいろいろな方との縁を感じられたり、話ができる。これもまたクルマ趣味の醍醐味かもしれませんね。
