[ナカジ~のティーポ的コラム11] 富士F1開催50周年企画展は必見!Part1

[ナカジ~のティーポ的コラム11] 富士F1開催50周年企画展は必見!Part1

富士モータースポーツミュージアムで現在開催されている企画展は、1976年と1977年のF1日本グランプリを知る世代には、感動間違いなしの内容です。ぜひ当時の雰囲気を味わいに、出かけてみてください。

手前にコジマ007、後方にコジマ009。2台が並んで展示されていることに感動!

富士スピードウェイホテル内にある、富士モータースポーツミュージアムでは現在、「富士F1開催50周年企画展『知られざる あの、激闘』」 https://fujimotorsportsforest.jp/event/eoigo-1p1md9 が開催されています。先日GC Returnsのデモ走行の時に、ゆっくり見学させていただきました。富士スピードウェイで「F1世界選手権 in Japan(日本GP)」が初めて開催された1976年から、今年で50周年ということで、当時活躍した車両を始め、様々なものが展示されています。そこで今回は、2台のコジマF1を中心にご紹介していきましょう。

ご存知のように、1976年の「F1世界選手権 in Japan」では、日本のコジマ・エンジニアリングが開発(設計:小野昌朗氏)したKE007フォードが、長谷見昌弘さんのドライブにより、予選1回目で4番手タイムを記録しヨーロッパ勢を驚かせました。ところが2回目のセッションで、ポールポジションを狙えるタイムが出ると思ったラップの最終コーナーで激しくクラッシュ。マシンはモノコックを大破していましたが、これを大御神のレース村のメカニックたちが協力し合い、2晩で修復し、決勝レースに間に合わせたのでした。まさに富士F1の伝説的マシンと言えるこのKE007。美しくレストアされた姿を間近で見ることができます。

翌1977年のF1日本グランプリには、KE007を発展させた2台のKE009フォードが、星野一義さん、高原敬武さんのドライブで参戦しました。予選は11位と22位、決勝は11位(星野)とリタイアという結果でしたが、レース終了後、当時気鋭の新人だったケケ・ロズベルグを招いてテスト走行を行ったところ、レースで使ったブリヂストン・タイヤではなく、グッドイヤー・タイヤを履いたKE009は、トップタイムに近いタイムをマーク。これを聞きつけたドイツのカウーゼン・チームが1978年シーズンでの使用を打診し、コジマ・エンジニアリングはウイングノーズに改造したマシンをドイツに送ったのでした。ところがカウーゼン・チームは1978年のF1に参加せず、コジマ009の本格参戦は実現しませんでした。しかもその後このマシンは日本に返却されず、行方不明となったのです。その後個人オーナーが欧州で所有していることがわかり、近年日本人オーナーの方が入手され、里帰りしたのでした。このためKE007とKE009が2台揃って展示されるのは、おそらく初めてのことだと思います。ぜひこの機会に、両者を見比べてみてください。

1976年のF1で大きな話題だったのが、前輪が4輪の6輪車、ティレルP34フォードでした。前輪を小さくすることで空気抵抗を減らすことを目的としたマシンで、この年スウェーデンGPでは優勝していますし、F1世界選手権 in Japanでも2位となっており、実力も十分でした。この個体は1977年に1/12と1/20のプラモデルを発売したタミヤ模型が、その当時入手し、今も大切に保管しているもの。1977年仕様を1976年仕様に戻したと言われており、ロールバーは1977年仕様のものがついています。

もう1台は1977年に参戦したウルフWR1フォード。ハーベイ・ポスルズウェイト設計、ジョディ・シェクターのドライブで、この年3勝、ドライバーズランキング2位と大活躍したマシンでした。現在は日本の個人オーナーの方が所有されています。

またスパークが作った、F1世界選手権 in Japanのスターティンググリッドを再現した、1/43ミニカーも展示されています。なんでもこの全車セットを購入すると、予選落ちだったマキF102がオマケでついてくるそうです。因みにパドックのクレイン・ガーデン(レストラン)にも、同じものが展示されていました。

そしてもう一台、私にとっては一番興味深いF1が展示されていたのですが、それについては次回ご紹介しましょう。

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【モデルカーズ】あれから約半世紀、スーパーカーブームに何を思う【Lamborghini Countach LPI 800-4】
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漫画、『サーキットの狼』がきっかけを作った“スーパーカーブーム”が日本列島を縦断してから半世紀ほどの歳月が過ぎ去った。現在も自動車趣味に没頭する永遠のスーパーカー小僧であれば、当時を懐かしく思う反面、あれ以来クルマを通じて周りの誰も彼もと盛り上がれる瞬間が訪れていないことに寂しさを覚えるかもしれない。あの頃スーパーカーに夢中だった仲間たちはいったいどこに行ってしまったのだろうか――。 スーパーカーブーム以降、自動車にまつわる流行として、強いて言えば1980年代後半から1990年代前半にかけて、F1ブームというものがあった。それこそ街を往くフツーのOLのお姉さま方であってもセナの名前くらいは知っていたハズだ。しかし、あれはホンダの参戦と、それ以上に分かりやすいドライバー同士の軋轢、人間模様が相互作用してのことで、スーパーカーブーム時のクルマと言う“ハードウェア”に皆が夢中になったのとはちょっと種類が違ったかもしれない。 スーパーカーブームは外国車が対象でありながら、実は日本固有の現象であったというのは良く知られるところ。無論、王者フェラーリの365GT4BBや512BBに挑むチャレ