中古車として人気の高いモデルの概要、ヒストリー、バリエーション、トラブルシューティング、インプレッションなどを紹介するティーポの人気連載【Purchase Project】から、アルファロメオを代表するモデルで、今も多くの人を魅了してやまないジュリア・クーペの詳細に迫ります。 【SUMMARY】 アルファロメオ・ジュリア・シリーズ(105系)は、1962年にまずセダンが登場。当初クーペはジュリエッタ・スプリント(101系)に1.6リッター・エンジンを搭載したものだったが、1963年に新型が誕生する。 それがジュリア・スプリントGTで、基本的なメカニズムは先代を踏襲。即ち、モノコックシャシーに前ダブルウイッシュボーン、後トレーリングリンク+T字ブラケットのサスペンションを装着し、ベルトーネ(実際はジウジアーロ)・デザインの美しいボディを与えたものだ。小さな段のあるノーズの処理が特徴だった。エンジンは直4DOHC1570cc+ツインキャブで106psを発揮。5速MTと4輪ディスクブレーキも装備された。 1965年にオープントップのジュリアGTC、1966年に109psの発展型
ジーロ・ディ三河~遠州の車両紹介アナウンスのため、ルノー・ドーフィンで愛知県の豊川稲荷まで往復したときのこと。往路は渋滞を避けて早朝に東京をスタートしたため、お昼前には浜松に着いていました。そこで事前に予定していた通り、スズキ本社工場前にある、2輪と4輪のミュージアム「スズキ歴史館」を初めて見学してきました。 メンバーは、自分と奥村カメラマン、ドーフィンのオーナー紀伊さんと、スズキ・スイフト・スポーツで取材に来ていた沼田カメラマンのおじさん4人組。こういうミュージアム大好きなおじさんたちはすっかり盛り上がって、見学してきました。 1階にはロビーとショップスペースがあり、何台かバイクも展示されています。そのうちの1台は、1993年のロードレース世界選手権でケビン・シュワンツがチャンピオンを獲得した時のRGV-γ。この翌年春の鈴鹿の日本GP、私は場内FM放送でヘアピンの実況を担当していまして、このγに乗るシュワンツと阿部ノリック典史のホンダNSRが激しいトップ争いをするのを、大興奮して実況した記憶があります。残り3周の1コーナーで転倒してノリックのWGPデビューウィンの夢はついえた
ブランド再構築で伝統のアドミラルを刷新 1955年創業のスイス高級腕時計ブランドであるCORUM(コルム)は、この4月にジュネ―ヴで開催されている新作ウォッチの展示会「WATCHES&WONDERS 2026」に初出展。注目は、昨年から始動した原点回帰のリブランディングにより、同社の象徴であり海へのオマージュを表現した「アドミラル」コレクションのリニューアルで、ケース、ムーブメント、ブレスレットの至るまで全設計を一新して、直径39mmと36mmの2サイズ全11の新世代モデルとなる。 12角形ケースや国際海洋信号旗インデックスといった象徴的要素ベースに、デザインやバランス、視認性、装着感といった各要素を再検証。従来からの伝統的なイメージを維持しながらも現代にフィットするよう再設計し、ひと目で「アドミラル」と認識できるアイデンティティを保ちながらも、日常ユースでの完成度を高めたコレクションへと進化。具体的には、アイコンでもある国際海洋信号旗を従来のグラフィカルな表現から立体的なトラペーズ(台形)型アプライドインデックスへと変更し、光の反射によって奥行きと高級感、判読性を獲得している。
現代に蘇るレマニア2310の設計思想 パテック・フィリップの製造責任者など、時計業界で約30年のキャリアを積んできた時計師ジャン=マルク・フュルーリーが、2020年に自身の名を冠して創業したマニファクチュ―ルブランド「Jean-Marc Fleury(ジャン マルク フュルーリー)」は、スイス・ジュネーヴで開催されている独立時計メーカーの祭典「TIME TO WATCHES 2026(4/14-19)」において新作2種を発表した。 いずれも同ブランドが2024年に発表した「クロノグラフ FXR-4」の新バージョンで、1942年に開発された手巻きクロノグラフムーブメントの金字塔と称されるレマニア2310の設計思想を継承した自社製キャリバー「FM04」を搭載している。 今回披露された新作の「クロノグラフ FXR-4」には、ローズゴールドケースにアンスラサイトダイアルを組み合わせて静謐な美を追求した限定エディションと、1994年の世界バラ会議で殿堂入りに選出された象徴的なバラの品種「ジャスト・ジョーイ」からインスピレーションを受けたコッパーダイアルモデル、柔らかな光を含んだ砂のよう
中古車として人気の高いモデルの概要、ヒストリー、バリエーション、トラブルシューティング、インプレッションなどを紹介するティーポの人気連載【Purchase Project】から、バブル期に日本で人気を集めたレトロな雰囲気の小さなホットハッチ、アウトビアンキA112アバルトの詳細に迫ります。 【SUMMARY】 エンジンとミッションを直列に繋げてフロントに横置きし、前輪を駆動するジアコーサ式レイアウト。その元祖はアウトビアンキ・プリムラで、これに次いだのが1969年に発売されたフィアット128と、アウトビアンキA112だった。 A112は、後に登場するフィアット127より小型のエントリーモデルだったが、サスペンションは前ストラット、後は横置きリーフを利用した4輪独立で、128や127と共通。エンジンはフィアット850と同じ直4OHV903㏄が当初搭載された。 このA112に、高性能仕様のアバルトが加わったのは1971年。アバルトによりエンジンは982㏄/58psまでスープアップされ、足周りや各部は強化。それ以外もアバルトの名に相応しい仕立てを施されていた。 その後A1
オートモービルカウンシル2026を見学しに、幕張メッセに行ってきました。今回久しぶりにお邪魔したのには、理由があります。実は現在発売中のティーポ4月号で、トライアンフ・スピットファイア・ル・マン・クーペのワークスカーを取材したのですが、せっかくならライバルのオースチン・ヒーレー・スプライト・ル・マンも取材したいと、コーギーズさんにお願いしたのですが、イベント参加に向けてメンテナンスをしているとのことで、取材は実現しませんでした。それが今回メンテが終了し、もう一台ミニ・マルヤマさんがお持ちの同型車、さらにセブリング仕様とタルガフローリオ仕様を加えて、4台のワークスカーが集結するとのことで、拝見しに行ったのです。こんなに豪華な展示は、イギリスのイベントでも見たことがありません。素晴らしいものを見せていただきました。 「レストモッド」が今回のテーマのひとつとのことで、シンガー・ポルシェの他、ランチア・デルタやスバル・インプレッサのレストモッドも展示。これも新たなクラシックカー文化の潮流ですね。 いつもティーポの取材でお世話になっているコレツィオーネさんは、フェラーリ・デイトナやアルフ
中古車として人気の高いモデルの概要、ヒストリー、バリエーション、トラブルシューティング、インプレッションなどを紹介するティーポの人気連載【Purchase Project】から、懐かしいTVドラマで人気となった、クラシカルでかわいいスタイルのルノー4の詳細に迫ります! 【SUMMARY】 1950年代に大衆車として成功した4CVの後継として、1961年秋に正式発表されたルノー4。小さな車体に広い車内と荷室を確保するべく、駆動はFFを選択し、RRだった4CVのパワートレーンをそのままフロントに搭載した。サスペンションは前ダブルウイッシュボーン、後トレーリングアームで、リアは横置きトーションバーを長くとったため、左右でホイールベースが異なっていた。 エンジンは直4OHVで、当初603㏄の廉価版R3と747㏄のR4、R4L、商用車のフルゴネットを用意。その後R3は廃止され、豪華仕様などを追加。845㏄仕様も用意された。 1963年9月にバンパーが鋼板製になるなどマイナーチェンジを実施。2年後にはグレード体系を一新した。更に1965年秋には、ライト内蔵の横長グリルを持つ中期型にな
愛知県東部と静岡県西部を舞台に、ワンデイで行われるクラシックカー・ラリー・イベントのジーロ・ディ三河~遠州。今年5回目の開催で、私は第3回からスタート&ゴール時の車両紹介アナウンスなどを担当しています。昨年からスタート&ゴール地点が、日本三大稲荷のひとつである豊川稲荷となり、より多くの方に楽しんでもらえるイベントになりました。 因みに豊川稲荷は正式には円福山 妙厳寺という曹洞宗の寺院で、豊川吒枳尼真天(だきにしんてん)という白狐に乗り稲穂の束を担いだ天女が祀られていることから、神道の稲荷信仰と習合して豊川稲荷と呼ばれるようになったそう。本殿の前には大きな鳥居があり、少し不思議な感じがするお寺さんです。 今回は、オフィシャルカメラマンの奥村純一さんと一緒に、お友達の紀伊修平さんの1964年式ルノー・ドーフィンに便乗させてもらい、愛知県までを往復してきました。紀伊さんがゴルディーニばりにチューニングしていたこともあり、僅か850ccの小さなセダンにおじさん3人と機材や荷物がギューギューだったにも関わらず、ドーフィンは快調に走ってくれました。また一人で運転手を務めてくださった紀伊さんに
中古車として人気の高いモデルの概要、ヒストリー、バリエーション、トラブルシューティング、インプレッションなどを紹介するティーポの人気連載【Purchase Project】から、クラシカルな雰囲気と実用性の高さで注目されるフォルクスワーゲン・ゴルフⅡの詳細に迫ります! 【SUMMARY】 フォルクスワーゲン・ゴルフⅡは、1983年夏に発表された。ボディは全長とホイールベースが長くなり、初代のイメージを残しながら、時代にマッチしたデザインと良好な空力性能も獲得。サスペンションは初代から受け継がれた、前ストラット、後トーションビームを採用していた。 エンジンは、欧州市場では豊富なバリエーションを誇ったが、1984年4月に導入された日本仕様は、当初ガソリン1.8リッター直4SOHC+KEジェトロニック/90psと、ディーゼル1.8リッター直4SOHC/54ps、およびそのターボ版70psが用意された。 【EXTERIOR & ENGINE】質実剛健なのに可愛い、絶妙デザイン ボディは2ドアと4ドアがあり、グレードはガソリンが2種にディーゼルが3種だったが、翌年高性能仕様のG
マクラーレンは現在、F1やインディカーシリーズを運営する「マクラーレン・レーシング」と、ロードカーの開発・生産を担う「マクラーレン・オートモーティブ」の2部門で構成されている。 フェラーリやロータスと同様、モータースポーツを礎にロードカーを生み出してきた、数少ないメーカーのひとつだ。かつては「マクラーレン・カーズ」の名のもと、1992年に初のロードカー「F1」を世に送り出した。ゴードン・マーレーが手掛けたそのマシンは、並列3人乗りという独創的なレイアウトと、圧倒的なパフォーマンスで世界を驚かせた。 さらに、そのF1をベースとしたレーシングマシン「F1 GTR」は、ル・マン24時間レースをはじめとする世界の舞台で輝かしい戦績を残し、マクラーレンの名を不動のものとした。 その後しばらくロードカーの展開は途絶えるが、2011年、「マクラーレン・オートモーティブ」として再始動。自社開発のシャシーとエンジンを備えた「MP4-12C」を皮切りに、再びロードカー市場へと本格参入を果たす。以降、送り出されるモデルはすべてスポーツカーであるという点にも、このブランドの哲学が色濃く表れている。
ポルシェ911が高くなった。もちろん、元々中古車市場でも高値安定だったが、我々クルマ好きが算定する、乗った時の喜び、保有した時の満足感の対価としての価値を遥かに超える、恐ろしい値段になっている。 円が弱くなって久しい昨今では、海外のインフルエンサーの動画や実車オークションの模様などをSNS経由で眺めているとポルシェを問わず、「あ!これ日本にあったやつじゃない?」的な個体に出くわすことも珍しくない。そして皮肉なことに、走ってこそ真価がわかる、走ってなんぼのハイパフォーマンスモデルに限って、資産価値的な面に重きが置かれ、走行距離が何百キロみたいな、新古車が出てくるわ出てくるわ。乗らずに寝かせて価値が上がるのを待つのが鉄則的な。昨今巷を賑わす「転売ヤー」の、桁が異次元に違うことが実車の業界でも起きている。 そんなこともあって、庶民にとっては無縁ないわゆるスーパーカー/ハイパーカーを普通に思う存分乗って楽しんでいるオーナーを見ると、妬みとよりも先に、何だか嬉しくなったりもする。クルマも嬉しそうに見えるのはたぶん気のせいだと思うが。 ほんの10数年前までは、911で高いのは空冷期のモデ
1954年に開催された『第1回全日本自動車ショウ』を原点とする『東京モーターショー』が、コンセプトも新たに『ジャパンモビリティショー(JMS)』へと昇華されてから3年の歳月が経過した。JMSの第1回は2023年、第2回は2025年に開催されたことは記憶に新しい。いずれも新時代を予感させるクルマ、否、モビリティが多数展示されたが、その2回のJMSを振り返ってみて、はっきりと意識下に残っている、車名もしっかりと記憶しているモビリティはどれくらいおありだろうか。次期型日産GT-Rのようなクルマも話題を呼んだが、その名称は記憶にあるだろうか? ここでその答え合わせをするつもりは毛頭ないが、そんな数多のモビリティの中にあっても、おそらくクルマ好きの脳裏にその姿かたちと車名をしっかりと刻んだものとして、3年前のことではあるがマツダのアイコニック SPの名を挙げることに多くの方が賛同してくれるのではないかと思う。 アイコニック SPの姿をひと目見ようとクルマ好きがマツダブースに押し寄せ、あるいは本項をお読みの方ならその順番待ちの列に並んだ、という記憶をお持ちの方も居られることだろう。 マ
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