【趣味の中古車ガイド】オースチン・ヒーレー・スプライトMk.Ⅰが欲しい!! 【Purchase Project 12】
中古車として人気の高いモデルの概要、ヒストリー、バリエーション、トラブルシューティング、インプレッションなどを紹介するティーポの人気連載【Purchase Project】から、財布の軽い若者に向けて誕生した軽量スポーツカーで、日本ではカニ目の愛称で知られる、オースチン・ヒーレー・スプライトMk.Ⅰの詳細に迫ります。

【SUMMARY】
元ラリードライバーのドナルド・ヒーレーは、オースチンの総帥レオナード・ロードと共同でオースチン・ヒーレー・ブランドを創立。1953年に最初の市販車100(後の100/6、3000)を登場させた。
続いて2人は、財布の軽い若者が購入できる軽量で安価なスポーツカーを計画。開発はドナルドと息子のジェフリーに任され、1958年5月にオースチン・ヒーレー・スプライト(妖精)としてデビューすることになった。
ボディは軽量なモノコック構造を採用し、剛性確保のためトランクリッドは設けられなかった。エンジンはBMC・Aタイプ直4OHV948ccで、SUツインキャブ装備により42.5ps/7.18kg-mを発揮。サスペンションは前がウイッシュボーン、後ろが1/4リーフ+ラジアスアームで、ブレーキは4輪ドラム。ラック&ピニオン・ステアリングも採用されていた。
北米の安全基準を満たすために、ピョコンと飛び出したヘッドライトにより、イギリスではカエルの目、北米では昆虫の目、日本では後にカニ目と呼ばれたこのクルマ、車重602㎏と軽量で、侮れない性能を発揮した。
このため狙い通り若者を中心に人気を呼び、3年間で49,000台程が生産されるヒット作となった。
1961年に各部をモダナイズしたスプライトMk.2と、双子車のMGミジェットMk.1が登場。以後仕様変更を続ける(別項参照)が、スプライトは1971年に生産を終了。ミジェットは1979年まで生き延びた。
【EXTERIOR & ENGINE】小さく軽い車体に笑った顔がよく似合う
テールライトは上の赤いレンズがリフレクター、スモール&ブレーキで、下の丸いレンズがウインカー。フロントバンパーは新車時のオプションで、全長が50mm 長くなる。現在もリプロ品が購入できる。
ビニール製の幌は、座席後ろにある幌骨を反転させて取り付け、その上に装着する。サイドウインドーも備わる。


【INTERIOR & LUGGAGE】1950年代生まれらしい簡素なインテリア
左_オリジナルのタコドライブ付ダイナモとタコメーター。希望により戻すこともできる。中_ドア外側にはノブがなく、開閉は内側のレバーで行う。サイドウインドーは取り外し式を用意。右_この個体はトノーカバーも備える。一人で運転する時やオープンで駐車する時に役立つ。
【IMPRESSION】現代の路上でも、意外に普通に使える
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